青焔会報 2009年12月号

 
   
ホタル  
米山郁生
 
   

 日本表現派に出品した作品 “国家とは・・・ ”について多くの人から会場で尋ねられた。 “この作品の意図するものは何か ” 会場では様々な雑務とその対処の為に動かねばならない事も多く、説明している余裕の無い時も数々だった。失礼をした多くの方々にお詫びの為にここに記することにした。

 ある新聞の日本表現派展の記事には、戦闘機が墜落する絵と紹介されていた。私の意図とは全く違う紹介のされ方だ。一方、東京の美術雑誌には  ― 略・・・画面では零戦の残骸が浮かんでいる。それを背景にして銀色に輝く面は霊的である。面が二つに割れて、正面と左右に顔が描かれている。陰影のある面である。この三つの面によってつくられた空間のもつ不思議な密度のある、霊的であると言ってよいような空間の質がこの作品の中心をなしている。そこから放射状に伸びてゆく動きがある。上方に巨大な銀色の光が弧をなして、もう一つの、死の、特攻隊の霊たちがいまだに住んでいる空間のようだ。静かな中に無限の響きがある。・・・  と評されている。

 鑑る人間の深さが、他人の作品にどこ迄深く感応する事が出来るか。絵は作品を見た人が各々に感ずれば良いのだが、作者の想いと全く外れてしまうのは寂しい。

 信頼するある人の依頼によって桜島の作品を制作する事になり、その日程の中でかねてより行ってみたかった知覧も案内された。鹿児島県川辺にある知覧特攻平和会館には特攻隊員の遺影、遺品、手紙、記録等、所狭しと並んでいる。そして戦闘機の残骸。会館横手には死へ飛び立つ前の僅かな刻を過ごす三角兵舎。一室十六名。地面を掘って埋め込まれた半地下。外からは三角形の切妻屋根だけが見え、中に入ると中央に通路、その両側に畳を敷いた上がり框。片側に8人、両側に16人の寝具が並ぶ。狭く、暗く、兵舎で死を待つというより、死によって祖国日本を救おうとする気概をその空間から感じさせた。

 特攻隊員の中、朝鮮、台湾出身者で身分の判っている者は14名。全員が日本人の名を名乗り、自ら志願して特攻隊員となり散華していった。その中の一人、光山文博少尉は朝鮮人でありながら特別攻撃隊に志願。1945年、終戦の年の5月11日知覧を飛び立って戦死。24歳。その前夜、知覧兵舎近くの陸軍指定食堂 「富屋食堂 」で “小母ちゃんありがとう。俺、朝鮮人なのに実の親も及ばない程親身になって世話してもらってありがとう ”いつも静かな光山少尉は “小母ちゃん 俺の国の歌を歌っていいかな ”とアリランを歌い出した。・・・アリラン・アリラン・アラリヨ・・・・・ アリラン峠を越えてゆく恋しいあなたは十里も行かず足の痛みに耐えかねて帰って来るでしょう。いえ足の痛みというのは口実で、実は私に会いたいから帰って来るのでしょう・・・・・ その時の彼の心情そのままに歌われて。祖国は朝鮮でありながら日本の為に自らの命を犠牲にする、その複雑な気持ちは察するに余りある。生きて還る事の無い彼らが出撃を間近に束の間のやすらぎを 「 富屋食堂 」の女主人 鳥浜トメに求めた。母と重ね合わせた特攻隊員達の心の痛みが伝わってくる。

 宮川三郎軍曹は出撃前夜トメに言った。 “小母ちゃん 明日ホタルになって帰ってくるよ。追っ払っちゃ駄目だよ ”翌日の夜9時頃、開いた表戸から1匹のホタルが入ってきて天井の梁に止まった。 “宮川さんが帰ってきたよ ”食堂に居た全員が “同期の桜 ”を合唱。長い間梁に止まっていたホタルはスーッと消えていった。

 研究所の朝、ほのかな陽光が机の上を差す。65年程前 彼らも同じ陽の光を感じたであろう。家族一人一人を想い、恋人を想い、故郷を想い、国家を想う。しかし国家は自己の心の中、精神の中に実体としてあるのではなく、上官から伝えられ次第に想いを膨らまし国家という幻影を抱いていたのではないか。巨大なもの、絶対的なもの、そして理想的、崇高なものとしての国家を心の中に創り上げる。敵とみなしたアメリカ兵一人一人にも家族があり、恋人や故郷、国家があったのだ。視点を変えれば全く同じ人間同士が、言いかえれば自分自身と闘う事になるのではないか。国を支配する一部の人間の我欲、権力、策謀によって純粋な多くの人々が死に追いやられてゆく。それによって人生を終えるのであればあまりにも侘しい。

 知覧特攻平和会館に飾られた特攻兵の遺影は総てが純粋、無垢、素直で凛凛しい。彼らが “戦争はもう終わりにして下さい ”と言っているかの様だ。

 日本表現派展出品作はその特攻兵とその魂、そうした状況に追い込んでいった国家、そして今、現在、回想する己自身と、これからあるべき姿、それらを問いかける事が主眼となっている。

戦争・・・そして “国家とは・・・ ”

           参考文献  陸軍特別攻撃隊の真実 “只一筋に征く ”

 
   
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