青焔会報 2008年2月号

 
   
初夢  
米山郁生
 
   

 大晦日 12時を廻る。新しい年になってから眠り、その最初に鮮明に見た夢を初夢としている。年末年始のスケジュールは超過密。正月三が日は例年の如く年賀状の宛名書きを1300枚。徹夜続きで初夢は5日の朝となった。物語りは一寸、変。私の全く想像のつかない事。

 変わった車の後部、トランクを開け、その中に厚手の漫画、少年サンデーを置いて読んでいた。近くに警察官が10数名バラバラと近寄り整列した。車は道路脇。その車に背を向け道路を挟んで直立不動。何事かと思っていると、先方7、8米先に黒塗りの高級車がスーッと止まる。お付きの人が下りて後部座席のドアを開ける。中から立派な立居振舞の紳士。“エッ 何故こんな所へ!”その紳士は明治天皇。凛とした風格が周囲の空気に緊張感を漂わせた。車から降り2、3歩歩く。突然何かにつまづいた様に崩れそうになる。いつの間にか間近で立っていた私はとっさに支える。天皇陛下が私の腕をしっかり掴み前へ進む。私が歩幅を合わせ、警察官の前を歩む……。

 眼が覚める。全く想像もつかない情景。天皇崇拝でも無いのだが。

 夢を最近はあまり見ない。というより見ても憶えていないのか、脳がゆったり働いて見た夢も洩れてしまっているのだろうか。二十才の頃は一日10でも20でも見ていた。面白いので夢日記を書いていた。やはり考えもつかない奇想天外な夢を見ていた。宇宙空間、私は地球に腹ばいになって月をスプーンですくって食べていた。これがうまい。プリンとヨーグルト、アイスクリームを一緒にした様な味で今でも40年前のその味を覚えている。が、これ迄どこにもその味よりうまいものに出逢った事が無い。

 特別に大きな太陽が西の空に落ちる。ゆったりと、どっかりと。高いビルの向こう側に落ちる時、太陽がレントゲン撮影の様に、ビルの骨組みを透過させてゆく。大きな円を描いてビルの構造が浮かび上がる。手抜きの柔な内部は一瞬の内にその姿を曝け出す。ビルの内部、何百、何千の人達が働いている姿がシルエットになって映し出される。よく見るとそのトーンが黒から透明迄、濃度は変化して様々だ。

 夢はなぜ見るのか。睡眠時自己の意識は働いていないが脳は働いている。脳の中には過去の体験、記憶が総て詰まっている。起きている間は自己が意識し常識に提われた形を理路整然とした思考を基に構成されるが、眠りの中では意識は薄らぎ脳は自由自在に様々な記憶の断片をつなぎ合わせて物語りを作る。それが夢だと思う。

 初夢を見た そのあらすじをひもといてみよう。

 初夢を見る前日、友人がマンガの本を持っていた。とても漫画を読むとは思えない年齢、性格。“なぜ”と聞くと“息子の為に”と言う。又、その日、研究所の本棚を見ていて“少年サンデー”が出てきた。その本は40年程前研究所へ通っていた小学生斉藤裕子君が漫画家になりたいといつも研究所へ自作のマンガを持ってきていた。コマ割りの長編時代劇。とても小学生と思えない出来栄え。“いいよ。絶対漫画家になれるから頑張れ”と励ましていた。夢を追って東京へ。数年前、“自分の漫画が少年サンデーに載った”と送られてきたもの。今は名古屋裕のペンネームで単行本も出している。警察官の場面は夢の前日、ある雑誌のカットを描く為名東区へスケッチに出かけた。その折り後部トランクの上でスケッチ。先方で警察官が5、6名動き廻っていた。“あっ 何か事件があったな”と思った事。そして12月暮れ、友人から、知人から送られてきた皇室のカレンダーを見せて頂いた。月毎に皇族の方々の家族が写されていた。それらの場面を脳が勝手に合体して夢を創ったのだと思う。

 地球に腹ばいの夢も、宇宙の本を見ていた事、腹ばいになって眠っていた事、アイスクリームを食べた事の合成。そして味は脳が過去の記憶の中から調理をしたのだろう。ビルと太陽の夢は二十才の頃、人の行いの事をいつも考え、友人と議論をしていた。人の外観と内面、虚偽と真実、善と悪。又、幼少の頃、母親から常に“人に判らなくても神様はいつも見ている”“自分に恥ずかしくない行いを”と家の中に鏡を多く置き、自分の顔、眼をじっと見る様に躾られた、それらの事が太陽を神として人間の行為が太陽のシルエットに曝け出されたのであろう。人のシルエットも透明は善、黒は悪としてその度合いを見せたのだと思う。

 現実は決め事のルールの中で過してゆかねばならない。しかし時代は常に進歩している。継承してゆくだけでは進歩に追いつかず後退する事になる。とすれば改革が必要となる。絵でも同じで、同じ描き方を3年5年と続けているとそれは感動が無くなる。常に感動する為に、変革、実験、改革を試みる事だ。

 子育ての中で、1から10迄厳しくすると人の言う事、指示した事だけしかしなくなる子に育つ。現実をしっかり教えた上で、夢の世界を広げられる子を、失敗の度合いを見極めて失敗の出来る子を、その失敗を自分から思考、改善出来る子を、夢のポケットを出来るだけ多く創ってあげる幼少の育て方がその子の将来を見据える事になるのです。

 
   
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