青焔会報 2005年1月号

 
   
フィルム  
米山郁生
 
   

 ”おっ 生きていたか “本気とも冗談ともつかぬ口調で兄貴の声が受話器から聞こえた。暮れの25日 ”この正月は日本に居ない。もし何かがあったら “と様々な事を細かくお願いしてあった。これ迄どこに出掛ける時も、そうした不安を抱く事も無く、連絡した事も無かった。

 友人のNGOオヴァママ(あなたと私という意)の会の赤羽氏が数年前より “一度是非スリランカに ”とお誘いを受けていた。内戦で両親を眼の前で殺された子供達、親と生き別れたり、ストリートチルドレンになった子供達の為に養護施設を作り、その経緯について見守り援助しているグループだが、活動もさることながら、氏の人柄にもひかれていた。

 毎年5月に開催されるグループ青?展に10年前からその子供達の作品を展示。絵から子供達の性格が判り、その子の生き様と状況が見えてくる。心の葛藤が伝わってくる。各々の子にどの様に接しどうアドバイスしたら良いのかを絵から判断し伝えてきた。一人一人の性格の変化と本人の成長振りを本にまとめてみたいという案が出た。その為には “実際に子供達に逢わなければ心に伝わる文は書けまい ”とスリランカ行きが決まった。会報で参加者を募った。千種教室の佐藤、井上、松岡の三氏と、小牧の小学6年生の下田朋実さんがどうしても行きたいと願い、同じ教室の祖母の林さんが同行参加する事になった。他にオヴァママの会員等が加わり10名。

 年末は超過密スケジュール、その調整を正月にしていたのだが昨暮れは不可能となった。重ねて知人の紹介で民話の挿絵を描く事になった。A5判200頁、各県の民話を集めた小中学生向け全国版、愛知巻。12月20日〆切り、何とかなるだろうと引き受けたものの30話程に、挿絵やカット。話しの中に時代考証が必要となる。江戸時代の頃の子供の頭は、着物は、はきものは? 鬼の牙は上向き下向き? 殿様の服装は? 天狗の形相は? これ迄何気なく見てきたものが総て大まかに見ていた事に気が付く。古本屋、図書館通い。そして出発の27日迄に住所録の整理と約1300枚の年賀状書き。日頃不礼をしている方々に年に一度はお詫びの気持ちを込めて宛名だけは手がきで書く。新しく年賀状を頂いた方には必ず返信をする。12月に入って殆んど睡眠は机の前で腰掛けたまま、うつらうつらと2時間程度。研究所に持ち込んだ簡易ベッドも横になると3,4時間眠ってしまうので不可。忙しい時には輪をかけて様々な事が起こる。出発は27日AM6:00。間際まで作業。10日程前から体調は絶不調。無理をしての不調ではなく、天変地異や知人が亡くなる前に起こる体調の変化がある。火の塊の様に身体が熱くなったり、思う様に身体が動かない、絞めつけられる様な苦しさ、息苦しさ、それが兄貴への電話となった。

 旅行の準備はろくに出来なかった。まあ何とかなるだろうといつもの調子、しかしなぜか写真だけはこだわった。いつもはバカチョン。イタリア、フランスの時でもフィルムは20本余り、ところが今回はカメラに望遠レンズ、フィルムは36枚撮り50本1800枚。あまり変化も無く景色は絵にならないであろうと思うスリランカで何を撮るのか と思いつつ、カメラ、写真にだけは充分な準備をした。

 26日出発日 地震、津波の一報が入った。

 27日AM7時小牧空港集合。小牧教室6年生の朋実君は吹上の祖母の家から出かけると言う。研究所から5分、お父さんの運転に便乗させて頂いた。日頃一挙手一投足の動作が機敏で控え目、簡潔な応対と言葉使いに何か特殊な職業をされているのだろうと思っていた。“津波の起こったスリランカに娘を行かせるのは不安 ”“出来れば行かせたくない”“私が行く事になるかも知れない ”と語った。職業を聞いた “レスキュー隊。”

 災害地の要請があれば出かけると言われた。あヽこの旅は中止になるのだろう、と感じる。

 小牧空港。現地への連絡は全く不通。赤羽氏がインターネットで調べる。羽田発スリランカ行き、UL461便欠航、中止。

 当初一万人程の死者予想が過に15万人。20万人は過えるであろうと報道。一日早く出かけていたら、一日遅く地震が発生していたら命はあるまい。宇宙の中の地球の歴史から見て、人間の一日はわずか一瞬にすぎない。スリランカでは南西の海岸沿いに宿泊予定、もし飛行機が飛び立ち現地に到着していたら、通信、交通網は寸断、混乱の中、宿泊不可能、水、食料は無しに等しく、只、只、右往左往するばかりであろう。

 津波の警戒体制が無いから被害が大きくなったと伝えられているが、日本でも十勝沖、宮城沖地震では津波に対し警戒心が薄く、9月の紀伊半島沖地震でも三重、和歌山両県の沿岸部14万人に出された避難勧告に、避難所に来た人は僅か6%。又、警報を出しても30市町村が勧告を出さず、海面監視により大丈夫と判断し済ませたと報道された。警戒システムが確立していて被害が無かったのではなく、日本でもスマトラ沖クラスの津波が来ていたら同じ様な被害が出ていたのだ。

 海面の温度が2度上昇する事により、台風が発生しやすくなると言われる。地球温暖化、オゾン層破壊が地球のマグマと太陽熱とのバランスを壊し、地質の変動、自然の秩序を狂わせてゆく事は無いのか。太陽の有害物質から地上の生命を守るオゾン層の濃度は、オゾンの成分だけを集めて圧縮するとわずか3ミリ。経済成長を優先する社会基盤が弱者を見捨ててゆくかたちを作りはしないか。社会は経済、自然、環境、哲学、宗教、芸術総てが均等にバランスをとり、先進国と発展途上国、後進国が平等に成長する事が望ましい。

 スリランカの養護施設、オヴァ・ママチルドレンヴィレッヂの子供達とそのスタッフは全員無事。しかし日頃彼等を応援し援助してきた周辺の住民数百人が死亡、子供達が恩返しに様々な活動をしているという。しかし品不足で物価が高騰、資金も少なく苦しい中での活動。世界から多くの資金が集まるが、隅々にまで行き渡る事が難しい。日本も一早く500億円の援助を申し出た。イラクの自衛隊も災害地へ派遣出来ないのか。新潟中越地震に対しても、政府はスマトラ沖地震津波に見合う援助をしているのか。

 NGOオヴァ・ママの会では、実際に集めた資金を養護施設の子供達に手渡すべく随時ボランティアが現地に出向く。我々グループ青?も毎年青?展に出品するスリランカの子供達に心を通わせるべく、又忘れられがちな新潟中越地震の被災者の為にも募金活動を始めたい。

 御協力を宜しく御願い致します。

 
   
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