青焔会報 2004年3月号  
   
 
米山郁生
 
   

 "才能が無ければいい絵は描けないか"とよく聞かれる "否、いい絵を描く為には才能ではなく努力だ"と答える。いい絵を描きたいというこころがあって一生懸命描いていればいい絵は出来る、小学校2年頃までの子供達は総ていい絵を描いている、無心になり、夢中になり、一心になっているからだと思う。その状態で描く線は緊張感があり、てらいが無く躍動感があり、生きている。障害を持った子や、幼少の子供達の絵を見ていて、この絵はどこかで見た!と感じる事がある。その絵のイメージを憶えておく、後に画集や展覧会を見た時、子供達の絵を想い浮かべる、時にはよく似ていて、時には全く同じ様な絵がある。その作家の画集の中へ子供達の絵をはめ込んで素知らぬ顔をしていると誰もが信じてしまう、そんな作品もある。そういう力を人は誰しも持っている。人々には絵はこういうものだという概念がある、こうでなければという思い込みがある、それに合わせた絵を描こうとするから絵はむずかしくなる。

 いい絵は様々な顔を持つ、1つのパターンでなく何十、何百種類のいい絵がある。

 富士山は素晴らしい。その富士の頂上に到達した時点がいい絵が出来た時としよう、誰もが知った誰もが登るコースがある、そのコースを登って誰もが認める絵を描く事も一つの方法だ。裏ルートがある、あまり多くの人が登らないが、知る人ぞ知る、その絵は個性的だ。だが更に独創性を求める時、自分で探り、切り開いたコースを登る、誰も歩いていない所をかきわけ、思案、模索して頂上に登る、そのコースは新しい芸術を自負する、次々に冒険家は独自のコースを求めて頂上を探る、その行為が新しい絵画、芸術を進化させてゆく。その、どのコースが一番良いかではなく、頂上に到達した時点でどのコースも一つの価値を生む事となる。又、同じコースでも登り方の違いによって個性を見だす事になる。富士山が高ければ身近な、自分に合った山を選べば良い。描く対照や描き方に追随するのでなく、自己の内面を見つめ自己の内部から湧き出た思考や感性を無心の内に描き取るのだ、それが自己の個性を表現する事になる。

 絵はもう一つの力を持つ。

 3月12日、日本福祉大学高浜専門学校の卒業式があった。卒業生の田口君がスケッチブックを持ってきた。"先生、あの時の絵です"心の中を描いたという絵はパステルで描かれ、暗く紫色に広がった空に黒い雲が5つ、月の様なボンヤリとした黄色が左隅にゆれている、空には星であろうか消え入る様な白い点々が無数に打たれている。中央下に林のように左右に広がって深い緑の楕円形が続く、暗く、かすかに明るく。その緑の下には木の幹を暗示するかの様な黒い線がかげろうの様に何本もゆれている。景色をモチーフにして描いたのか尋ねたが、心の中を見つめ思いつくままに描いたという。動揺と心の震え、思いつめた色彩、不安、恐れ、その中で何とかしたいという願いが見えた。

 会報154号で紹介したのだが、2年程前、彼らが入学して間も無く、授業の中で生徒に心の中を描いてもらった。1人1人自作を持って皆の前で問答をした。最後にコメントを出すのだが、田口君の絵の時に"何をそんなに思い悩んでいるのか。"と問いかけた。"幼なじみ、兄弟の様にしていた友人の交通事故、トラックの下敷きで両足と腕を骨折、意識不明の重体で悩んでいる。"と言った "その友人を助けたかったら心の底から彼の事を思い、命の事を念じて絵を描きなさい、その絵を彼の枕元に飾ってもらいなさい絶対に意識は戻るから。"と伝えた。授業は木曜日、土曜日の夜乞一心に描き病院へ持参、看護士さんに頼んで枕元に飾った、二日後の夕方意識が戻った、翌木曜日の授業の時に"先生意識が戻りました。"と報告があった。まだ表情が暗い"意識は戻ったが昔の事が思い出せない。"といった "では共通の思い出のものを1つずつ持って行って自然に目の届く位置に置く様に。"と伝えた。彼は保育園の頃の写真を1枚ずつ持参し見せた。夏休み、田口君から喜びの声があった "先生総て記憶が戻りました。運転もしています、仕事もしています。"

 その彼が卒業式、友人に借りて絵を持ってきてくれた。思い悩んだ暗い作品と、もう1枚澄んだ青い海と砂浜、貝殻の転がった明るい絵。友人の回復の頃に描いた共通の想い出の場所だという"先生、彼は早稲田に合格しました。事故で2年浪人したけど今年受かりました。彼の両親が、"田口君あなたが、あなたの絵が息子の命を救ってくれたんだね"って喜んでくれました。彼と約束しました。彼は絶対に医者になるんだって、僕が介護福祉士で二人で協力して困った人達を助けようって約束しました。絶対にやります・・・・・"

 絵は名声がでたり歴史に残ったり、高く売買されたり、そんな事だけでなく、私達の身の廻りで様々な感動のドラマを生むのです。

 そのドラマは総ての人々の心の中に息づいているのです・・・・。

 
   
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